女性ボーカル、ミワユータを中心として結成されたロックバンド。略称は「ベスハチ」
バンドの生い立ちやエピソード、ルックスなどから「漫画や映画のようなバンド」と称されている。

写真左から : 菅原俊司(Bass) / いたる(Key) / ミワユータ(Vocal) / こふじ(Guitar) / 和泉大佐(Drums)

Episode:00 ~ 引き抜き、未経験、謎の企み? ~

ミワユータが初めてバンドを組んだのは17歳の時だった。
他校の軽音部に良いドラマーがいるという噂を聞きつけ、和泉大佐と出会う。
その人間離れしたルックス「コイツしかいない」と確信したミワユータは、大佐の都合も考えず引き抜きを開始する。
和泉大佐はミワユータにカリスマを感じ、引き抜きを承諾。ELIZABETH.EIGHT の原点となるバンドを結成。
大佐はその時、ミワユータという「女王」に対する忠誠の証としてミワユータ自身がデザインしたタトゥーを両肩に入れている。

その後ベーシストが脱退。当時レコーディングが迫っていたため、早急にベーシストが必要だった。
新メンバーの必須条件は「ミワユータに慣れており、女王として尊重できる人物」
ミワユータと和泉大佐は、共通の友人である菅原俊司に目をつけ、バンドに加入させるために動き出した。

当時の俊司は大学生。ただの大学生。音楽好きではあるが、ベースはおろか楽器そのものを触った事すら無かった。
そんな彼を半ば強引に車に乗せ、半ば強引に酒を飲ませ、半ば強引にベースを渡し、半ば強引にバンドに加入させる。
全く楽器経験がなかった菅原俊司は、その一か月後に初めてのレコーディングを経験する事となる。

地元の埼玉県を中心に活動中、ギタリストが脱退。当時よく出演していたライブハウスに「ギターマン募集」のビラを掲示。
すると数日後に現れたのは深見之春だった。彼は当時、数々のメジャーバンドでボーカルとして活動していた大先輩である。
メンバー一同は「なにか裏があるに違いない。一体なにを企んでいるんだ。」と怪しんだ。

深見は以前にライブを見ており、ミワユータのステージに衝撃を受けていた。
それ以来影ながら動向を見ていたようで、ギタリスト脱退のタイミングで新しいギターマンとして加入を志願してきたのだ。
特になにも企んでいないことが分かったので、加入。その際 大佐と俊司から「ミワユータ取扱説明書」なるものを渡されている。

この時点で前身となるバンドメンバーが揃うこととなり、数年の活動を経てELIZABETH.EIGHTとなる。

Episode:01 ~ ベスハチ誕生。ヒト科子犬との出会い ~

こうしてELIZABETH.EIGHTの基本となる前身バンドのメンバーが揃い、精力的に活動。
2006年1月1日、ミワユータの心境の変化という理由で「ELIZABETH.EIGHT」に改名。同時に「ベスハチ」という略称まで命名した。

ELIZABETH.EIGHTとして活動をはじめて間もなく、のちにメンバーとなるこふじと出会う。

とあるライブの打ち上げにて、その日初めて共演したバンドのドラマーがミワユータの隣に座った。
彼はベスハチメンバーに非常に懐き、それはメンバーにとっても珍しい事だった。犬のように懐いてくる彼に対し、ミワユータは「ヒト科 子犬」と例えた。

のちに彼はバンドを脱退し、新たな活動場所を見つけるべくELIZABETH.EIGHTのローディーとして行動を共にする事になった。
違和感なくメンバーに溶け込んでいく様子に、ミワユータは「あんた、おもしろいからウチに入んなさい。」と言い放った。

しかし彼はドラマーである。すでに和泉大佐というドラマーが存在するバンドに加入できるものなのか、と戸惑っていると
「ギターで。」という言葉がすぐにやってきた。ツインギターなら問題ないだろうという事である。
なるほどそれならば問題ない。ギターを弾いた事がないだけで、加入には問題ない。
そう判断したヒト科子犬は後日ミワユータ、和泉大佐と共にペットショップに行き、犬用の首輪を与えられた。

そして「こふじ」と名付けられ、ELIZABETH.EIGHT2人目のギターマンとなったのである。

Episode:02 ~ 成長するライブバンド!成功と受難 ~

5人組となったELIZABETH.EIGHTは活動をより精力的に行った。
自主レーベルを立ち上げ、全国リリース、ツアー、ワンマンライブ。ライブこそ真骨頂と自負し、関東を中心にその数は年間100本を越えた。
ツアー先では必要以上にストイックな食生活で、主食はマヨネーズを付けた食パン。
各地を渡るうちに缶詰やインスタントラーメン、果ては野菜やカセットコンロまで差し入れをいただいた。

無所属のインディーズバンドの活動限界を拡げようと、ザ・ハンズインポケッツと結託しSHIBUYA AXでのツーマンライブを企画。
誰もが不可能だと言った。無謀。無茶。何故そんな事をするのか。

そのたびミワユータは「大きい会場でやりたい。」と、とてもシンプルな答えを返した。

2010年12月14日、SHIBUYA AXには予想をはるかに超える人数が集まり、ライブの開始を知らせるSEが流れると会場が震えるほどの歓声が起こった。
実現は途方もなく大変ではあったが、多くの仲間たちの力に支えられたからこその大成功だった。

その後もCDのリリースやワンマンライブ、初のiTunes配信などを行い、精力的な活動を続けるELIZABETH.EIGHT。

しかし2013年、深見之春が体調不良を訴え病院へ。

検査の結果、「急性骨髄性白血病」と診断された。

Episode:03 ~ 強大な敵!戦い続ける決意 ~

「急性骨髄性白血病」と診断された深見之春は、メンバーにメールを送った。
最年長であるからこそ足をひっぱる事がないよう気をつけていた事。
それでも病気になってしまって申し訳ない、という事。
余命が数ヶ月と宣告された事。

報告を受けたメンバーはすぐには返信できなかったが、皆気持ちは同じだった。

「病気を治して戻ってくるまで、ELIZABETH.EIGHTは4人で頑張る。深見の帰る場所はここにある。」

深見之春の病名を発表し、療養の為一時脱退という扱いとして4人での活動は続いた。
こふじが唯一のギターマンとなり、サポートメンバーを起用する事もなく、ライブ活動と新しいアルバムの制作を行う事となった。

その後、深見之春は1度回復を見せ一時的に退院まで果たしたのだが自宅療養中に再発が認められ再入院。
再発した白血病の快復は非常に難しく、移植手術を受けるための適合者が現れるのを待つしかなかった。

Episode:04 ~ 音楽を奪われた女王 ~

深見之春の一時脱退による大きな損失は、さらなる活動の飛躍でしか挽回できないと判断したELIZABETH.EIGHTの4人は
新しいアルバムのリリースワンマンライブ、そして全国ツアーを行う事を決定した。

ライブ活動を続けながらの新曲制作、レコーディング、ワンマンライブのリハーサル。
リリースも近くなり、ツアーの日程も決めていこうという矢先であった。

2014年 ミワユータ、脳炎により緊急入院。

「脳炎による発作で倒れ、病巣が位置的に手術不可能。このまま命を落とす危険があり、一命をとりとめても障害が残る可能性が高い。」
担当医からは言いようのない絶望が伝えられた。

数日後、なんとか命をとりとめたとの報告を受けメンバーは見舞いに行ったが、ミワユータは後遺症のためまともにしゃべれず、半身も麻痺していた。
メンバーは毎日病院へ通った。良くなっているのか悪化しているのかも分からなかったが、さらに衝撃的な事をミワユータから聞かされる。

「音楽が聞こえない」

失音楽症。脳炎による後遺症のひとつだが、とても珍しいものだという。音楽を音楽として認識できなくなる症状だった。
音はただの「音」であり、リズムも旋律も認識できない。歪んだギターの音など、ただの「雑音」。

ミワユータはボーカルであり、作詞・作曲者でもある。そのアイデンティティを失う事によるストレスは壮絶なものだった。
手の麻痺も残っている。文字を書く事もできず、構音障害により呂律もまわらない。
幻覚、幻聴、悪夢、そのうえ歌も失った。ミワユータは絶望した。

そんな中、残ったメンバーは集まってELIZABETH.EIGHTの今後についてのミーティングを行った。結論は「活動続行」。
医者の言うように、一生障害が残るかもしれない。介護が必要になるかもしれない。復帰は無理かもしれない。
それならばなおさら、ミワユータが作った曲を、ミワユータが書いた歌詞を、ミワユータが育てたバンドを終わらせるわけにはいかなかった。
深見之春とミワユータの復帰を信じているからこそ、ELIZABETH.EIGHTを止めるわけにはいかなかった。

Episode:05 ~ 信じて待つ!無敵のロックンロール! ~

ミワユータは毎日幻覚や幻聴に苦しんだ。時には夜中に泣き出し、拘束具でベッドにつながれた。
記憶障害により、あらゆる事が思い出せない。本名、生年月日、住所、電話番号。
覚えていたのは「1/27, 3/27, 4/2, 6/30」メンバーの誕生日だけだった。

投薬治療により障害は少しずつ回復していったが、失音楽症は続いていた。
童謡の「チューリップ」すら歌えない。テレビを見ても、どの声も同じに聞こえる。男女でさえ聞き分けられない。
聞き分けられたのは「ふなっしー」と「マツコデラックス」だけだったという。

メンバーはかわるがわる病院に泊まり込みながら、療養中の深見とミワユータの居場所を守るため、スリーピース体制で活動を続けた。
ミワユータの代わりに こふじがVo&Gtとなりステージに立った。

スリーピースでの活動が続くなか、ミワユータは毎日必死のリハビリを行った。その回復力は医者も驚くほどであった。
アルバムがリリースされてしばらく経った頃、ミワユータは退院し、リハビリセンターに通いながらの自宅療養となる。
身体に重篤な障害を残すこともなく退院できたのはまさに奇跡的であり、日常生活を取り戻したミワユータが求めるものは音楽だけとなった。

自宅でも相変わらずリハビリを続けていたが、好転は突然訪れた。ある朝いつものように歌を歌おうとしたところ、頭の中にメロディが浮かんだ。
おそるおそる声に出してみると、いつもより歌えている気がした。CDをかけてみると、曲が爆音で頭に流れ込んできた。

その時、初めてロックンロールに出会った時と同じ感動を再び覚えた。と、のちにミワユータは語っている。

脳炎で倒れて数ヶ月、ミワユータは音楽を取り戻し始めていた。

Episode:06 ~ 結束が生む次なるステージ ~

スリーピースでのライブ活動はELIZABETH.EIGHT既存の曲で行われていたが、「活動を続ける」という事を明確にするため新曲を発表。
制作済みの未発表曲をレコーディングし、シングルCDとして発売した。

ミワユータは徐々に音楽を取り戻し、リハビリには曲作りも積極的に取り入れた。
そして 歌が歌えないボーカリストとして何が出来るのか考えた結果、ミワユータによるスリーピースでのミュージックビデオを撮影する事となった。
YOUTUBE にて「監督:ミワユータ」としてPV を発表すると、多くの評価を得た。
のちのELIZABETH.EIGHTのミュージックビデオはすべてミワユータが撮影。
のちにザ・キャプテンズなどからも依頼を受けることとなり、地上波放送やタイアップなど、監督としても飛躍する。

病気の回復を感じた仲間やライブハウスからは講演や朗読のオファーが来るようになり、入院中の体験をまとめた朗読でステージに立つようになる。
その鬼気迫る内容に会場は静まりかえり、朗読が終了すると拍手がいつまでも続いた。

ミワユータは歌えない苦しみを、朗読やMV撮影、今後の展望などで紛らわせながらリハビリに励んだ。
残りのメンバーも、来たるべき女王の帰還に向けて精力的に活動をした。企画イベントも組み、ワンマンライブも行った。
新しい仲間もでき、皆ミワユータの復活と本来のELIZABETH.EIGHTの歌声を望んでくれた。
一方スタジオでも本格的なリハビリを開始し、バンドの爆音の中で歌う練習をした。

脳炎で倒れてから約1年が経過していた。そして退院後初めてボーカルとしてステージに立つのは、Zepp Diver City Tokyoの大舞台だった。

Episode:07 ~ 女王復活!歓声と嗚咽のバースデー ~

ミワユータが脳炎で倒れてから約1年。ELIZABETH.EIGHTはZepp Diver City Tokyoにて行われるイベントを控えていた。

その頃ミワユータはスタジオ練習にも参加し、以前は愛飲していた酒も煙草もやめていたため、歌にも自信を取り戻しつつあった。
スリーピースでのライブハウス出演時には共に会場に行き、ステージを見守った。

SHIBUYA AX以来の大きなステージにミワユータの意欲は高まり、メンバーもまた同じ思いであった。
そこで「女王降臨」と銘打ち、完全復帰の前に一日だけステージに立つ事を決定。
駆けつけた仲間やファンは、ミワユータの登場から涙を流し、拳を上げ、大いに盛り上がった。1年ぶりのステージは大成功に終わった。

Zeppでのパフォーマンスでミワユータの回復を確信したメンバーは、ミワユータの誕生日イベント当日を女王復帰の日と決定した。
2015年5月12日@新宿MARZ。
「女王誕生祭。を主にシカトする祭り」と題された、毎年ずっと同じ日に続けてきた恒例イベント。
それを「女王復活祭。を何事もなかったかのように過ごす祭り」と銘打ち、この日のイベントでミワユータは復帰した。

短い演奏時間の間、満員の会場では女王の復帰を心待ちにしていた皆の嗚咽と歓声が止む事はなく、いつまでもアンコールが続いた。
ミワユータは「復活したんだから、また見に来てよね。」と、もっともな意見でアンコールを断った。

Episode:08 ~ RevibeとReborn 終わらない物語 ~

脳炎で倒れてから1年と3ヶ月。ミワユータは奇跡の復活を遂げた。
そこから さかのぼること数ヶ月。とある都内のライブハウスにて行われたイベントにELIZABETH.EIGHTは出演していた。
すると終演後、会場に来ていたミワユータのもとに1人の若手バンドマンが声をかけに来た。

若干20歳のそのバンドマンは その日の共演バンドのギターボーカルであり、以前にもスリーピースベスハチと共演していた。
彼は突然「あなたの犬にしてください。」と言い放ち、ミワユータへの忠誠を誓った。

聞けば以前の共演の際、ELIZABETH.EIGHTというバンドの姿勢に感銘をうけたという。
ミワユータという人物に興味を持ち、療養中も更新していたブログを読み漁っては、いつか会える日を楽しみにしていたのだ。

ミワユータは困惑した。なにしろ20歳である。(のちにミワユータは「本気出せば産めるわ!」と語った。)
しかしそのルックスとクレイジーな発想をいたく気に入り、「2匹目の犬」として首輪を与え、可愛がる事にした。

かつての こふじと同様にローディーとして行動を共にしていたある日、幼少期にピアノ歴がある事が発覚。次の瞬間、加入が決定。
「いたる」と名付けられた2匹目の犬は、もちろんキーボード経験はなかった。しかし迷いなく機材を購入し、加入に向けて練習を始めた。
ミワユータの復活から約2ヶ月。ELIZABETH.EIGHTは6人組に生まれ変わり、さらなる飛躍を予感させている。

その波に乗ったのか、深見之春にも奇跡的に適合者が見つかり、骨髄移植手術に成功。

毎日ギターを抱えリハビリに励んでいる深見之春の復帰を待ちながら、ELIZABETH.EIGHTの物語は続く。

Vocal & Agitation. ミワユータ ¥uta Miwa

Blood type : AB Birthday : 05/12
幼少期はあまり音楽を聴かずに育ったが、ピアノ・和太鼓などを経験する。
7年習ったピアノは全く弾けず、音符も読めない。鍵盤の隙間にボンドを流しこむことでピアノ歴を終える。
バンドを結成後、親からもらった成人式の振り袖代でギターを購入。すごく怒られる。
2014年に髄膜脳炎で倒れ、余命宣告を受ける。激しい幻覚と闘いながら治療を受けた。
奇跡的に命は助かるが、音楽を認識できなくなる「失音楽症」が後遺症として残り、一時的にステージを離れリハビリに集中する。
その後、脳の障害により精神病棟の閉鎖された隔離病棟へ収容。退院後はミュージックビデオの監督や朗読など活動を広げた。
2015年に失音楽症を克服しバンドに復帰。
記憶障害があるため、とにかく何も覚えておらず、計算も出来ない。いつも何かに怒っている。

Drums. 和泉大佐 Colonel Ismi

Blood type : A Birthday : 04/02
本人いわく「ドラマー」ではなく「リズマー」。演奏中も手足以外は動かない。
高校でバンドを始めライブハウスなどで活動していたが、ある日噂を聞きつけたミワユータが大佐の元へやってきて強引に引き抜かれた。
ミワユータとバンドを続けていく誓いとして、 ミワユータがデザインしたタトゥーを入れ、加入。
トサカの様に逆立てた髪に無精ヒゲ、身長は186cm(髪を入れると2m)、そしてサングラスと強面な印象だが、大の甘党。
にもかかわらず、本人の悩みは「キャラが薄いこと」。空手有段者で意外と天然。

Bass. 菅原俊司 Shunji Sugawara

Blood type : A Birthday : 03/27
ミワユータとは高校の頃に知り合ったが、ふつうの大学生活を過ごしていた。
その矢先、バンドのベーシストが抜けたミワユータから突然呼び出され、車に乗せられる。
まったく楽器経験がなかったにも関わらず、ベースを渡され、酒を飲まされ、あれよあれよと強制的に加入。
しかしその一カ月後には人生初のレコーディングをこなすなど、適応力は凄まじい。
人生で怒った事が4度しかなく、メンバーからは「ミスター・フラット」と呼ばれているが、その内3回はミワユータが怒らせている。絵がヘタ。

Guitar. 深見之春 Yukiharu Fukami

Blood type : O Birthday : 01/27
高校に通いながら当時組んでいたバンドでボーカルとしてメジャーデビュー。その後もメジャーシーンで数々のバンドを経験した。
ある時、ギターの抜けたベスハチ前身バンドのメンバー募集にて加入を希望。
ミワユータ他メンバーは大先輩の登場に、「何を企んでいるのか」と怪しむ。
特に何も企んでおらず、以前見かけたミワユータの音楽性に一目惚れし、ボーカルを辞めギターに転身してまで加入を望んでいただけだった。
楽器マニアの機材マニアで、引っ越すたびに必ず楽器の避難訓練を行う。
変態に捕まったり、痴漢を捕まえたり、ネタの宝庫みたいな男。好物はあんこ。
2013年5月に「急性骨髄性白血病」と診断され、現在は一時脱退して療養中。

Guitar. こふじ Kofuji

Blood type : O Birthday : 06/30
加入前は別のバンドでドラムを担当していたが、ある日ミワユータに「おもしろいからウチに入りなさい」と言われギターを渡される。
ギター経験がないことだけが気がかりだったが、2ヶ月後にはワンマンライブを強行。
加入時にミワユータに与えられた首輪(犬用)をいつもつけている。
普通の大人としての知識はゼロ。酔っ払うと面倒臭いが何よりビールが好き。バカと天才は紙一重の紙一重部分にいる人。
グッズデザインなどアートワークを担当。ミワユータといたるの三人で、ドッグハウスに住んでいる。

Key. いたる Italu

Blood type : A Birthday : 02/18
高校卒業式の前日、地元の香川からいきなり上京。
ギターボーカルとしてパンクバンドを始めるものの、パンクをはき違えていたため様々なライブハウスを出禁になる。
そんな時ベスハチと出会い、ミワユータに心酔。「ミワユータの犬にしてください。」と言い放ち、2匹目の犬となる。
その後、幼少期のピアノ歴が発覚するやいなや即加入が決定。
美しい顔、華奢な体に似合わず、中身は男らしい。ミワユータとこふじとドッグハウスに住んでいる。

HISTORY

2007年
Gt.こふじ加入。1stミニアルバム「ハチミツゲロン」全国リリース。
初のワンマンライブ「LOVE & THANKS !!」柏JUDGE(現:柏616)にて開催。

2008年
2ndミニアルバム「キキミミ」全国リリース。
20組以上のアーティストが目まぐるしくライブを行うモンスターイベント「女王誕生祭。を主にシカトする祭り。」発足。

2009年
3rdミニアルバム「アンデッドマン・サード」全国リリース。
ワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅱ」渋谷O-Crest(現:TSUTAYA O-Crest)にて開催。
西川口Heartsにて7日間連続イベント「7days war!!!!」を開催。

2010年
大人の事情により「アンデッドマン・サード -Remix-」全国リリース。
初のプロモーションビデオ「エレベーターガール」スペースシャワーTVにて公開。
そして自主企画によるSHIBUYA-AXでの2マンライブを開催、一年かけてチケットを販売し、周囲の予想を裏切り大成功を収めた。

2011年
1stマキシシングル「ゾンビーナ」リリース。ライブ会場にて販売。
ワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅲ」渋谷O-Crest(現:TSUTAYA O-Crest)にて開催。

2012年
ワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅳ」柏616にて開催。
配信限定シングル「ピストル」リリース。
ワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅴ」新宿MOTIONにて開催。

2013年
Gt.深見之春「急性骨随性白血病」と診断され療養のため一時脱退
ワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅵ」新宿MOTIONにて開催。

2014年
アルバム先行配信シングル「アイアンガール」リリース。YOUTUBEにてミュージックビデオ公開
Vo.ミワユータ脳炎による高次脳障害および後遺症である失音楽症の療養のため一時脱退
スリーピースバンドとしての活動開始
4th ミニアルバム「ラブロベリー」全国リリース。
「ラブロベリー」収録曲「二人は国境線を越える」のミュージックビデオをYOUTUBEにて公開
スリーピースでのシングル「stay gold」リリース。TSUTAYA O-Crestにてイベント「ROCK´N HIGH ROLLERS!!!!!」を開催。
「ステイゴールド」「パーティーズオーバー」のミュージックビデオをYOUTUBEにて公開

2015年
スリーピースでのワンマンライブ「LOVE & THANKS 6.5」柏616にて開催。
Zepp Diver Cityにてイベント出演。Vo.ミワユータ一時降臨
「アンデッドマンのテーマ」「ミッドナイトアウトサイダー」のミュージックビデオをYOUTUBEにて公開
5月12日、新宿MARZにてVo.ミワユータ1年3か月間の療養を経て遂に復活
Key.いたる加入。
5thミニアルバム「フィクション・ノンフィクション」全国リリース。
1stミニアルバム「ハチミツゲロン」完全版の配信を開始。

2016年
いたる加入後初のワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅶ」池袋Admにて開催。
池袋Admでの月間イベント「梅雨将軍」にてザ・キャプテンズとのツーマンライブを開催。
老舗イベント「関東ギターエロス」に参加。審査の結果、11月24日にTSUTAYA O-WESTにて開催された「大関東ギターエロス」に出演。
6th ミニアルバム「ASK YOU!!」全国リリース
「ASK YOU!!」収録曲「ルッキン・フォー・アダム」のミュージックビデオをYOUTUBEにて公開
「ASK YOU!!」リリースツアーを開催。

2017年
ワンマンライブ「LOVE & THANKS Ⅷ」大塚Hearts+にて開催。